この子を信じること

実は昨日、息子の中学の二者面談がありました。中2の二学期末、そろそろ進路を考えなければいけません。

この時期、勉強が全くというほど出来ない子どもの親は勉強以外で自分の子どもの価値や可能性をちゃんと認めてそこにあった進むべき道を探してやらないことには、その子はこの先の未来をダメなやつとして自分に自信が持てずに生きることになるかと思います。

学歴や勉強がなんだといいたいところですが、世間一般常識はちがいます。そもそも私自身がそういったもの尺度で生きてきたのですし。特にこの時期はその優劣でランク付けされるのですから。。

しかし、今の私の思いは違うのです。そこにいつまでもこだわり続け世間のものさしで計れば計るほど人の本当の価値や可能性を見出すことはできないと思うのです。

もしもそこからもっと離れたところで力を発揮できる人間だとしたらその固定観念を無理やりでも外す必要があるのです。どんな素晴らしい力なのかはあるがままの存在を認めその人らしく生きていくことではないかと思うのです。

そこからどんな可能性も無限大に広がっていくのです。それは周りと比べることや周りと同じだということで得る安心感を捨てこうあるべきだという考え方を取り除かない限りは、あの子の可能性は一向に見えくることはないと思います。

それをすることが私のこれからの大仕事ではないかと思っているのです。そんなことが待っているとは思いもよらず、それを乗り越える自信はありませんが、あの子がこれからの自分の人生をしっかりと生きていく為に私こそがあの子そのものの輝きをちゃんと知っていないといけないのです。そしてこれはあの子をこれまで育てきた自分の行いがそうしたことなのですから。
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